また3月が来た。
春のイメージは3年前から確実に変わった。
何かがはじまる季節から、何かが終わる季節に・・・
そして人々は事故を忘れて、原発はすべて再稼働されようとしている。
さらにこの災害を起こした国の首相が自ら恥ずかしげもなく、
放射能を撒き散らした原発を海外に売ろうとしている。
日本はあらゆる意味で終わろうとしている。
2014年3月2日日曜日
2013年3月11日月曜日
復活の夢
あれから2年がたった。
あの前とあの後と多くのことが変わった。
それは被災地の人たちに起こったことに比べたら
極々些細なことかもしれない。
しかし、今でも確実に私の心のなかで
あの日を境に変わったものがある。
表現活動をする意味というものを常に考えるようになった。
表現として何かを残したいと考えるようになった。
表現の本当の意味での難しさを思うようになった。
しばらくは舞台を作ることが出来なくなった。
絵も描けなくなった。出てくるものは抽象的な言葉ばかりで
それが表現と呼べるものか分からなかった。
表現には他者が必要であるが、その抽象的な言葉たちは
自分の内面で共鳴するだけで、あえて鑑賞者を求めるもの
ではなかった。
あらゆる活動を停止して1年間、ほとんど冬眠状態で
過ごしてきた。そんなときに1本の台本と出会った。
はじめは台本自体も読む気がしなかったが、
一人芝居に近い形のその本は意外と素直に読むことができた。
読み終わってから、しばらくして夢を見た。
大きな建物の前に立つ一人の女性の夢を。
彼女はドラクロワの「民衆を導く自由の女神」のように
旗をもって立っている。絵と違うのは、彼女はたった一人で
導かれる民衆は誰もいないということだった。
私は何かに急かされるような焦燥感を感じ、
目が覚めた後もいたたまれない思いに悩まされた。
しばらくは何かに追われるような焦りを感じて、
変な夢ばかりを見ていた。
そのとき予感のように閃いたのは、
この状況から抜け出すためには、この台本で
芝居を作らなければならないということだった。
それは、ひとつの啓示のようなものだった。
それがあったために、1年間の停止状態から
脱却することが出来た。
今、あらためて考えて、あれがいったい何だったのかと思うが
その後の日本の状況をある意味で象徴している
夢だったのかもしれない。
10万人を越える参加者を集めていた国会議事堂前の反原発デモは
最近は参加者が200人くらいにまで落ち込んでいるらしい。
だが、私の夢のなかの自由の女神は
たった一人でも旗をもって立っていた。
一人でもはじめられる、一人からはじまる。
夢が教えてくれたのは、そんなことだったのかもしれない。
2012年12月31日月曜日
闇の力
久しぶりの池の下の公演が終った。
おかげさまで全回満員御礼。
新たなシリーズも順調にスタートした感じである。
そして一段落する間もなく
今度は寺山修司作品である。私の大学時代の同期が主宰する青蛾館の企画で
寺山の初期一幕劇の「白夜」「狂人教育」「犬神」
3作品を連続上演する。その内の一作品を私が演出する。
演出するのは「犬神」。
池の下では1999年に中野のザ・ポケットで上演した。その後、2006年に利賀演出家コンクールで野外上演。
入賞して、翌年の利賀フェスティバルで再演した。
今回、あらたに初演の地であるポケットスクエアで
上演するのも、なんだか因縁めいているが、13年目の「犬神」を新しいメンバーでどのように作り上げるか
今から楽しみである。
この奥深い日本の闇に結びついた芝居について
考えながら、ふと、ある小説の一節を思い出した。
「どうして神聖は闇を背景にしていなければならないのか」
大変に意味深い問いかけであり、宗教とか神話とか様々な
神秘に対する、真実が潜んでいるように思える。闇に宿る神聖は、今の日本ではすでに失われているように
思えるが、もしかしたら日本という国を動かす大きな原動力
はこの闇の力ではないだろうか。
闇について空想を広げながら、今回の芝居では
そんな闇がきらめく一瞬が見せられたらと思っている。
2012年12月2日日曜日
素晴らしきバカ色ダンス
もう随分と前のことになるが、舞踏にハマっていた。
大学そっちのけで大野一雄舞踏研究所に通い、
大駱駝艦の合宿に行ったり、
笠井叡のワークショップに参加したりしていた。
だから、世田谷パブリックシアターの『ハヤサスラヒメ』は
かなり気にはなっていた。
しかし、なぜか見ることを躊躇いチケットは買わなかった。
だが、今日が楽日だというのをTwitterで知って
発作的に行ってしまった。
公演を見て、まず感じたことは
土方巽という同じ原点をもった麿赤兒と笠井叡が
半世紀をへて、このようにシンカ発展したのかと
いうことだった。
しかし、結局はまた同じカラダというカラに戻っていく。
そんなことを考えながら見ていた。
舞台は、ミルククラウンのような白い踊り手の残像からはじまる。
やがてセンターの光の道にふたりの主役が対峙する。
狂ったように踊りまくる笠井叡に対して
ほとんど動かない麿赤兒。
動と静。異種格闘技戦。
それぞれの式神たちの対決。
オイリュトミーの女官たちの前で、踊る麿赤兒に軽い眩暈を感じる。
第九の合唱の中で、異なるカラダはいつしか同一の動きを生み出す。
なかでも秀逸だったのは
チュチュをはいた笠井と、スカート姿の麿が見せる暗黒バレエ。
なんでこんなにバカらしく、なんでこんなに素敵なんだ。
これは、かつての土方巽と大野一雄の「バラ色ダンス」ならぬ
「バカ色ダンス」だ。
ともに69歳。
自分もまだまだ頑張らねばと思った。
2012年11月23日金曜日
なぜ上演するのか
いよいよ1年半ぶりの公演の稽古が始まった。
今回の上演作品は『エレベーターの鍵』である。
小説「悪童日記」で有名なアゴタ・クリストフが1977年に書いた
戯曲を、のちに本人がさらに手を加えて完成度を高めた作品である。
この作品を上演しようと考えたのは、今から1年以上の前のことだ。
これまで進めてきたプロジェクトとは異なった、演劇的な試みを
行いたいと思って上演を決めた。
上演が決まってから、さまざまな人たちから、
「アゴタ・クリストフが好きなのですね」と言われた。
そのような反応を聞くたびに違和感を覚えるのだが
演出家が、その作家の作品を上演するのは、
それがいま上演する意味があるかということと、
上演できる構造を持っているかということと、
それがいま上演する意味があるかということと、
上演できる構造を持っているかということと、
演出家の考える上演に耐えられるかということが問題であって、
その作家を好きかどうかということはあまり関係ない。
その作家を好きかどうかということはあまり関係ない。
むしろ敵対できるだけの強度を持っているかが問われる。
今回の『エレベーターの鍵』は、いまの日本で上演する意味のある
作品であり、上演できるだけの劇的構造を持っていて、演出プランの
実行に耐えられるだけの強度も兼ね備えたテキストであると思う。
池の下では、今後もさらに戦いがいのあるテキストを使って、
新たな演劇の可能性を探求していくつもりだ。
池の下では、今後もさらに戦いがいのあるテキストを使って、
新たな演劇の可能性を探求していくつもりだ。
2012年6月20日水曜日
『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』を見て
若松孝二監督の『11.25 自決の日
三島由紀夫と若者たち』を見た。
井浦新が演じる三島由紀夫に最初は違和感があったが、
見ている内に何となくこれもありかと思えてきた。
実際の三島はもっと猥雑だったと思うが、行動に純化していく
過程を描くには、このくらいの誠実さがないとダメだろう。
しかし体はちょっと貧弱すぎる。あの腹を切ってもあまり
有難味がない。ともに切腹する森田必勝を演じる満島真之介の
ほうがいい。三島を決起にむかって強引に引っ張っていくところに
説得力があった。
しかし、思うに三島が今の日本に生きていたら、
しかし、思うに三島が今の日本に生きていたら、
現在のわが国の状況をどう思うだろう。
故郷の山河を壊滅させた原発事故に対して誰も責任をとらず、
きちんとした原因究明もなされぬままに、
きわめて政治的な思惑で原発再稼働が決められていく、
この日本に対して吐く言葉はあるだろうか。
もしかしたら三島は、あの時代で死んで
幸せだったのかもしれない。
日本人が、まだ行動によって世の中を変えられると、
はかなくも夢みていたあの共同幻想の時代に。
2012年4月19日木曜日
「ピナ・バウシュ 夢の教室」を見て
ダンス経験のない10代の若者たちが
ピナ・バウシュの「コンタクトホーフ」を踊るまでの
ドキュメンタリー映画を見た。
ピナ・バウシュのダンスは
あくまでヴッパタール舞踊団のダンサーの身体から
作られたもので、その動きを10代の若者たちが再現する
意味が果たしてあるのかとはじめは思っていた。
だが、意味は充分にあった。
ピナのダンスは、自分の舞踊団のダンサーたちへの
果てしない質問と答えの結果、立ち現れた動きだ。
それは、ダンサーの内面から抽出されたものだが
最終的には人間の本質的なところに分け入っていく。
そして、その動きは人間の普遍性に繋がっていく。
はじめは意味も分からず
与えられた動きをただそのままにやっていた若者たちが
次第に、そこに何かを感じて、自分のなかにあるものを発見する。
これは彼らだから見つけられたものであり
その時点でこれはすでに彼らの表現なのだ。
若いときにだけ見えるものもある。
そして、年老いてからはじめて見えるものもある。
この「コンタクトホーフ」は65歳以上の演者で
上演されたこともあった。
真の動きはやはり
時分の花を開かせるのだろう。
ピナ・バウシュの「コンタクトホーフ」を踊るまでの
ドキュメンタリー映画を見た。
ピナ・バウシュのダンスは
あくまでヴッパタール舞踊団のダンサーの身体から
作られたもので、その動きを10代の若者たちが再現する
意味が果たしてあるのかとはじめは思っていた。
だが、意味は充分にあった。
ピナのダンスは、自分の舞踊団のダンサーたちへの
果てしない質問と答えの結果、立ち現れた動きだ。
それは、ダンサーの内面から抽出されたものだが
最終的には人間の本質的なところに分け入っていく。
そして、その動きは人間の普遍性に繋がっていく。
はじめは意味も分からず
与えられた動きをただそのままにやっていた若者たちが
次第に、そこに何かを感じて、自分のなかにあるものを発見する。
これは彼らだから見つけられたものであり
その時点でこれはすでに彼らの表現なのだ。
若いときにだけ見えるものもある。
そして、年老いてからはじめて見えるものもある。
この「コンタクトホーフ」は65歳以上の演者で
上演されたこともあった。
真の動きはやはり
時分の花を開かせるのだろう。
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